ブルーローズ オーナー
吉田 万理子(よしだ まりこ)

はじめまして吉田 万理子と申します。
プロフィールのページを開いて頂きありがとうございます。

私の運営するサロン「ブルーローズ」は、カラダの悩みやストレスの緩和など、女性の身体と心に寄り添った施術を心がけております。

そのため、私がどんな人間なのか?を予め知って頂いた方が、安心して頂けるのではないか?
そう考え、私のこれまでの経緯を綴らせて頂きます。

少し長くなってしまうかもしれませんが、出来る限り1回で私の事を知って頂くために、このページをご用意いたしました。

1回で結構ですので、最後までお付き合い頂けると幸いです。

看護師として39年の勤務経験が、
私の基礎となっています。

私は鹿児島県に生まれ、高校を卒業するまで鹿児島で育ちました。

妹と弟がいるのですが、2人とも子どもの頃、身体があまり丈夫ではなく、病院に通う回数が多かったんですね。
特に、弟は生まれてすぐに脳の病気を患い、一命は取り留めたものの右半身に麻痺が残ってしまいました。
(現在は半身不随ではありますが、強く彼の人生を生きています。)

そんな環境だった事もあり、幼少期の私はいつも病院にいた記憶があります。

そこで優しく接してくれた看護師さん達からの影響を受け、幼稚園の頃には「将来の夢は看護婦さん」って言うようになっていました。

その想いは思春期を迎えた後も変わる事はなく、将来は看護師になるための進路を自然と選んでいたのです。

高校を卒業後、看護学校の入学を機に東京で3年間過ごしました。
東京での日々は基本的に勉強ばかりではありましたが、賑やかな都会の環境も全然嫌いではなかったですね。

ですが、看護師として最初の勤務先は、地元鹿児島の大学病院。

生まれ育った街に戻り、看護師としてのお仕事を始める事になった私。
当時は「白衣の天使」なんていうフレーズも一般的でしたよね?
女性の職場ならではの厳しい事もそれなりにありましたが、日々、勉強と経験。

鹿児島での看護師としての時間は、とても充実していた日々だったと言えます。
26歳、結婚後に旦那さんの仕事の都合で横浜に移住し、横浜の病院に勤務する事になりました。

看護師というお仕事

看護師というお仕事は、患者さんのケアに始まり、ドクターのサポートや病院の事務など様々な役割があります。
ですが、1つ確実な事は“人の悩み事”に向き合うお仕事であることです。
基本的に元気な人は病院には来ませんからね。
人それぞれ理由は違えど、悩み事やお困りごとを抱えている人達が、元気になっていく姿を見送る仕事を続けられてきたことは、現在の私にとっても、大きな糧となっている事は間違いありません。

離婚をキッカケに仕事一筋

37歳、離婚をキッカケに“仕事一筋の生活”になり、20年間、看護師長としてお仕事をさせて頂きました。

人生、生きてりゃ色々ありますからね。
理由は人それぞれですよ。(笑)

看護師長という肩書きでお仕事をさせて頂いたときは、本当に様々な事を経験させて頂いた時間でした。

お仕事上の責任ある立場である事はもちろん。
若手の育成プランを組んだり、人員の配置など、多くのプレッシャーがありつつも、やりがいのある充実した日々だったと思います。

現在の旦那さんとの出会い

日々の仕事に一生懸命取り組む中、気付けばそこそこの年齢になっていた私。
このまま1人なんだろうなぁ…なんて思っていた頃に、友人の紹介で現在の旦那さんと知り合う事になりました。

「このまま1人なんて、そんな考えじゃダメよ!」

なんて言われちゃいましてね。(笑)
人生何があるか?わからないモノですね。

ただ、旦那さんとお付き合いしている時に、旦那さんが脳出血で倒れてしまい、闘病とリハビリの生活を送る事になってしまいました。

本当に、人生何があるか?わからないモノですね。

2020年に結婚式を挙げました。

リハビリに向き合って再度気付く

結婚を考えていた人が何の因果か?弟と同じ脳の病気に…

もちろんショックでしたし、最悪、結婚も無くなるかも…なんて思ってしまった事も事実ですが、旦那さんが諦めずにがんばってくれたんですね。

元気になるから一緒になろう。って。

看護師としては、私も晩年に差し掛かっていた頃です。
一番近くにいる人の闘病とリハビリをサポートする日々。
それは「私の選んだ仕事は間違いじゃなかった。」と思わせてくれる時間でした。

看護師になると決めたキッカケが家族(妹と弟)
看護師としての終盤に、その仕事の素晴らしさに気付かせてくれたのも家族
(正確には、家族になる人ですが)

何より、未来にむかってがんばっている旦那さんの姿に、大きな刺激を受けました。
そろそろ退職の時期、次のキャリアを考えないとならないタイミング。

私は、これからも「人のための仕事」がしたい。
まだやれることがあるはず。

一番近くにいる人が頑張っている姿を目の当たりにし、そんな想いが私の中に芽生えていました。

勉強と出会い

病院を退職後、私はこれまでのキャリアを生かして、人の健康と向き合う仕事がしたいと思い、様々な勉強を始めます。

健康でいるためには、健康的な食事は必須。
ローフードの勉強を始め、ロースイーツマイスターの資格を取得。

弟と旦那さんが、頭部の病気であったこともあり、脳のリラックスを目的とした、瞑想シータヘッドマッサージを習い、資格を取得。
これらを活かして、小さなサロンをやりたいと考えていました。

そんな時、美容研究家の「原田ともえさん」との出会いがあり、よもぎ蒸しを知ることになります。

正確に言うと、よもぎ蒸しの存在は知っていましたが、ともえさんとの出会いが、
健康という元々の経験を生かしたプランに、
もう1つ「美容」というテーマを上乗せするキッカケをもたらしてくれたのです。

女性の活躍が求められる社会です。
女性がいつまでも元気で笑っていられることに、
私にも出来ることがあるかもしれない!

ブルーローズをOPEN

2023年
小さな自宅サロン「ブルーローズ」をOPEN

現在は、よもぎ蒸しとヘッドマッサージを軸に、看護師としての経験を存分に生かして、様々な女性のお悩み解決のお手伝いをしています。

もちろん、医療行為は出来ませんが、私にできることの中で、お客さんと向き合っている日々です。

ちなみに、サロン名のブルーローズの花言葉は
「奇跡」
「夢は叶う」
「不可能はない」です。

ですが、ブルーローズの元々の花言葉は「不可能」でした。
青い薔薇を作るのは、絶対に無理だと言われていたんですね。

それが、日本の企業であるサントリーが品種改良に成功すると、世界がその偉業を称賛し、花言葉が現在のものに変わったという物語があります。

・諦めないことの大切さ。
・人の可能性の偉大さ。

弟や旦那さんの“困難な状況でも強く生きる姿”を見てきた。
看護師として、数多くの人達が“元気になっていく姿”を見送ることが出来た。

・私のセカンドキャリアに対しての想い
・これから知り合うであろう
 ”あなたの可能性”

そんな様々な想いを込めて、サロンを
「ブルーローズ」と名付けました。

悩みは尽きない、でも1人じゃない

これからもっと、女性が社会で活躍を求められる時代になっていくと思います。

「やりがい」と「大変なこと」のバランスを取ることが、本当に難しい時代ですよね?
そりゃストレスだって抱えちゃいますよね?

看護師長として、日々プレッシャーを感じながらお仕事をしてきた私だから、解ってあげられる事があるかもしれません。

また、1つ確実に言えることは「笑っている女性は美しい」ということ。
あなたが笑顔になるキッカケが作れるサロンになれば、何より最高だと思います。

大変な事も多いし、悩み事も尽きませんよね?
でも、そんな時には、是非、私を頼ってください。
あなたは1人じゃないですよ。

一緒に笑顔のキッカケを作りましょう!
今後ともブルーローズと吉田万理子をよろしくお願い致します。